文章の練習をする その5

  • IT技術関連でない話題を書くのって難しいけどトレーニングになってよいですね。

# Twitterをあまり見なかった

  • そもそも僕は中退を決めて広島に帰ってきて療養の日々を過ごし、これからIT界隈の情報を手に入れるぞ〜と思ってTwitterをはじめたのでした。それからずっとTwitterのおかげで学習の糸口や最適な初手を知ることができて今まで勉強を楽しく続けてこれて、井の中の蛙にもならずに済んでいます。
  • しかしTwitterをはじめて2,3年すると何かがおかしいなと思い始めます。どうも情報がぐるぐると巡っているようなのです。このpdf前も見たな、このC言語のネタ何ヶ月か前に見てブックマークしているぞ。そういうことが増えてきてから、僕は自分の興味を記録してみることにしました。そして去年の終わりに僕はひとつ結論を出しました。「Twitterをきっかけに得た記事や、積んでいる本の中で僕の興味はすでに説明され尽くしている」
  • ブックマークした記事や、さらっと読んだけど手は動かしていない本を探すほうが、TLを眺めるより効率よく僕の興味を満たせそうで、TLを流れる情報の中に僕の気持ちを動かす新規性のあるものはそれほどないようです。もちろん絵や動画、音楽などの作品で心を揺さぶられることはありますが、学術的な興味においては僕にとってTwitterは有効ではなくなってきたようです。
  • そしてもうひとつ気づきます。もしかして僕はTLを眺めてそれらしく情報を収集して満足しただけで、全く手を動かしてないのでは...?
  • これはおそろしいことに気づいてしまったぞとアワアワしてから、諦めて現実を受け入れました。僕は自作〇〇をまったく進めてないし、分からない状態からもがこうともしてない。なんとなく居心地のよさに浸かっているようなのです。そう思ってから、ちゃんと本を読み、ときどきTwitterをやっぱり見てしまい、また頑張って本を読んで手を動かして、ここまで来ました。それがITを学習して3年が過ぎた春の今です。なんか今ようやくはじまった...という感じがする(暗号の本を真面目に読んでいる途中)なのですが、夏インターンですでに就活につながる状態に突入しているのはなぜですか?僕はまだ今はじめたところなんですが...

# 学生のうちに何をすべきなのだろう

  • こうしてようやくTwitterをあまり見なくなったとはいえ、僕はあんま就活とかうまくいかないだろうなという感情を抱えるわけです。そこで絶望に暮れても改善はしないので一歩引いて目標を見直します。確か技育祭の講演で和田 卓人さんが言っていたように、質とスピードを両立したいならスコープを絞るべきで、この場合は目標設定を変更したらよさそうです。
  • そもそも目標を曖昧に持っていたことに気づきました。将来に対し焦りを持つ割に、というか焦っているからこそ直視できなかったのかもしれないです。どうやって生きていきたいのかわかりません。ただ、このまま親に世話になり続けるのは申し訳なさが勝って、ひとり立ちをして一人暮らしをして自分の生活を回したいという気持ちが一番正直な気がします。たぶん今のままでは時間が止まったように感じていて、どこかでスタートを切っていきたい、リスタートしたい、Reviveしたい、そういう感情です。
  • そこで目標を一歩引くと、別に新卒就活で最適な選択がとれなくてもいいかなと思うようになりました。新卒初手メガベンチャーを目指すのがおそらく僕の立ち位置から見て最高の選択肢ですが、仮に初手うまくいかなくても満足できるように時間を使うべきかなと思いはじめています。就活への最適化をやめるという話です。
  • そうなると学生のうちに何をすべきなのでしょうか?もう少し具体的に問題を設定すると、就活最適化をせずに人生に対する自己の満足に対し最適化を行うならば、僕は本当は何をしたいのでしょうか?
  • ずっと心に引っかかっていることとしては、技術力でSF的な未来に世の中を近づけたいなという気持ちがひとつ。それと、いつかアニメーションを作って自分が救われる物語を作りたいというのがもうひとつあります。
  • 小さな頃から自然科学雑誌を見るのが好きで、中学生になったらサマーウォーズというアニメ映画作品に登場する世界観やOZというバーチャル社会の概念の裏側の技術を空想したり、ものづくりが好きで工作でゴムで走るミニカーを作ったり、木の上の秘密基地や、高校の文化祭でお化け屋敷やライブ会場の設計をして作ったりしていました。どれもおもちゃではあるけれど確実に僕の中には技術力で人を幸せにしたい、世の中に影響を与えたい、その渦に自分がいると思うのならば僕がこの世に生まれた意味もあるのかもしれんと思って救われると思う、そういう感情があります。建築に寄っているので上京したときは建築家を目指していましたが、色々動いてみるとなんだか違う気もしてきてやめました。このへんの挫折の話はまたいつか自分のために文章に起こそうと思います。
  • 技術力でなんかおもしろいデカイことしたい。の一言にまとめられそうですね。ここはふわふわしていてもう少し具体的に落とし込むと仕事の話が見えてきそうです。あれこれ仕事から離れた仮定での話ではなかったか?
  • もうひとつの物語を作りたいもかなりふわふわしています。僕は実体験からしか感情を抽出できないので物語は多くは自分の体験に基づいています。全然別の状況でもいいのですが、中心を成す感情は日常から拾ってきます。記憶力はいいので、日常の多くについては4歳くらいから今に至るまである程度局所的に鮮明に思い出すことができて、そこから拾って広げて物語を作っていました。アニメーションを作るのは人生の中で絶対やっておきたいので、学生のうちに時間を費やして習慣を作るのがよさそうです。絵からも逃げずに手を動かしたいです。
  • まとまりがなくなってしまった。僕はどうやら究極的には世の中に満足していなくて、作り出す側に回りたいと思っているようです。それなら手を動かして前人未到で自己満足の世界に行くしかない。というわけでまずは自己満足を大切にして自分の世界観を大事にする。私利私欲のために生きよう、というのが僕の最近のテーマです。

## 終わりに

  • 自分の脳でストックしていることを外向けに書くとときどきカチッとはまる言葉が見つかって嬉しくなりますね。もっとも、文字に書き起こした時点で情報量は失われていますが、文字にはそのストックの大量の情報を要約して大切なエッセンスを引き出す作用もありそうだなと思います。