夏を振り返る

大切な言葉は後になって忘れてしまうので、自分の書いたブログに助けられることがあります。
 悩んでいるときは妙案などなく、たいていは出ている結論を忘れていたり変な制約をかけて解けない問題に変換してしまっていることがほとんどです。昔の自分の方が今の自分の悩みごとに適切に対処できそうなことはよく起こります。

夏を通して得たもの

インターンに行くことができました。選考から終わりまでで、僕が思ったことを書きます。特に社特有のことには触れず、一般論と僕の内面にのみ触れるので参考にはならないと思います。

  • 選考は疲れる。でも面接はこなした分だけ種類を経験できて自分の中に経験値がたまるので、打てるだけ打ちに行ったほうがいい。僕は途中で疲れて雑になってしまったので、すべてのプロセスを全力でやるように就活では気をつけたい。
  • どうしたいか優先順位をはっきり持つ。自分に自信がなかったので拾ってくれるところに即決めていたが、それはよくない。考えて蹴るべきときも存在する。
  • 手札を出し切るということは、具体的な話をするということ。相手の会話の抽象度に合わせた会話を心がけるべきだが、一般論よりも具体的にどういう体験をしてどういう知見を得たのかという話をするよう努めた方がいい。
  • 自分が思ったよりしょぼい人間であるということは、評価されて正しく自覚できる。全方位弱いです!という防御を張ると上記の優先順位が狂うので、評価でもしフィードバックが得られるのであれば得たほうがいいし、それに応じて自己認識を修正すべき。

結局夏を通して思い知ったのは、自分はそんなにできる人間ではないということでした。ただ、このできるできないは環境によるところが大きく、自分の適性というのが分かったという言い換えもできます。
 しょぼいを具体的に言葉にすると、経験の種類と知見の深さが課題です。公式ドキュメントを見に行ってコードが書けます!はそれはそうで、その先にはサーバサイドなら DB 設計やチューニングといったシステムデザイン周りの話があり、そのために負荷試験のような計測の話があり、言語については OSS にコントリビュートしたことがあるかという基準が存在します。
 ここでいう OSS にコントリビュートというのは、個人的には「それくらい大きな課題解決をしてきましたか?」とか、「既存に不満を持ったり問題にぶつかるまでコードを豊富に書いてきましたか?」という質問だと個人的に思っています。もちろん OSS 自体が好きで〜というのもありますが、それはそれだけコードを書いているというのに含まれると思っています。コードをたくさん書くと効率よくしたいという気持ちが生まれて何か小さな CLI ツールを作ることがあり、コードをたくさん書くことの延長として OSS への貢献が存在するのかなと感じています。チュートリアル+α とか、記事と同じ構成で試すとか、そのくらいでとどまっているのであれば既存のもので十分で、既存への不満が出るまで使い込んでいく必要がありそうです。
 ということで結局僕は勉強するためのコード片はたくさん書いてきたけど、それでも量は足りず、公開できるくらいのオリジナルなコードになるともっと少ないということを身にしみて感じました。最終的にソフトウェアのスケールする力を信じてここにいるので、ソフトウェアに対しては人一倍真摯でありたいと感じていて、でも今は理論とか CS はある程度分かっていてもそれを発展させて実用に活かしたコードは書けてないという状況なんだろうと思います。
 でも就活を意識して行動することほど心身に悪いものはないので、もっと楽しいことをするにはどうしたらいいかという考えの方が健全なようです。

就活最適化すればキーボードをいくら叩いても足りないくらいですが、僕は心と身体を優先したいので、別に希望のところにいけなくても、就職できなくても、それより長い目で見て大切なことをちゃんと手を動かして実行していきたいと考えています。
https://blog.uta8a.net/diary/2021-06-02-diary

思えばインターンに行って普通の学生の顔をしていますが僕は一度大学を中退しているのでした。どうせ同じ道で行ったら確実に 4 年間の差が生まれるのですから、もう少し違う道を模索したり、なにより自分が一番価値を出せる領域を探したり楽しいことを思いついたら手を動かしてみることの方が大切です。

僕はどうやら究極的には世の中に満足していなくて、作り出す側に回りたいと思っているようです。それなら手を動かして前人未到で自己満足の世界に行くしかない。というわけでまずは自己満足を大切にして自分の世界観を大事にする。私利私欲のために生きよう、というのが僕の最近のテーマです。
https://blog.uta8a.net/diary/2021-04-14-diary

これも今年の 4 月にすでに結論が出ていました。いまいち自分がどうしたいのか分からなくなってきたときは、もう少し昔の自分を信用して、自分が昔書いた言葉を見返すとよいのかもしれません。